1.明治期の事業活動

 明治新政府の基本的な国策は、近代国家の建設を目指し、富国強兵、殖産興業、文明開化を急ぐことにおかれ、商法会議所の設立気運も、そうした国策に沿ったものでした。
 福井商法会議所の事業は、商況調査を中心として商工業者の情報交換、県当局、政府当局への商況実態報告、商工業施策についての意見具申などの活動が主なものであったようで、明治産業発達史に記載してある商法会議所の活動状況をみると、大都市は別として中堅都市ではかなり活発でした。明治後期の44年からは役員、議員で「商議会」を設置し福井市の経済問題研究、福祉の増進を目的に具体的な意見交換をおこない会議所の幅広い活動の推進母体として機能します。
 鉄道北陸線中森田〜大聖寺間路線再画定建議、工業試験場拡張の件、官営生糸検査所の北陸地方への設置についての建議等、意見活動も活発におこなわれました。


2.大正期の事業活動

 明治41年1月にはじまる世界恐慌、大正3年から7年までの第1次世界大戦など二転三転する景気の中で日本は工業国の仲間入りをし、経済界は着実に発展を続けました。
 商業会議所への組織改変により事業活動は活発化し、商業・工業・理財・機業・交通の各部調査会では、商習慣調査、広告方法の改良及び奨励、実業講話会開催、商工懇談会、商・工学校優等卒業生賞与、土産品選定会、市内案内記発行などを行いました。
 農商務省・県の諮問を受けての答申の他、米国関税軽減などの請願、営業・織物消費税の全廃請願、商務官制の存続建議、商品陳列所移転と公会堂建設建議、福井市の都市計画促進建議等の意見活動を活発に行い、廃税商工業者大会、営業税全廃期成同盟会の設置、火災保険料率引下げ運動等も展開しました。
 また福井駅に物産案内看板の設置、店員・店主講座の開講、納涼遊園地の開催、ロシア博覧会の開催、人絹織物普及活動、商品券優待同盟会設立、新聞広告協議会開催、会議所建物を一般の会合に開放する等々活発な事業活動が行われていました。


3.昭和初期

 昭和初期の10年は金融恐慌と満州事変を中心とした軍備拡張に伴うインフレーションが吹き荒れ、また昭和11年の2.26事件以降敗戦までの10年間は、軍事経済強化と統制経済下の重苦しい時代でした。
 このような時代でしたが会議所は統制経済の下部組織としての役割を務めるとともに、商工業の発展、地域振興の責めを果たすべく次のような活発な意見活動を行っていたことが当時の記録からうかがわれます。
 福井〜神戸間直通電話敷設陳情、北陸線の電化促進建議、北海道直通電話開設要望、九十九橋架け替え陳情、NHK福井放送局の開設請願、福井〜大阪間電話増設の陳情、福井〜敦賀間産業道路建設促進、福井飛行場設置要望、都市計画促進陳情、福井駅舎改築促進要望、輸出統制新設反対陳情、北支事変に政府支持表明、時局対策調査会設置、経済警察の検挙主義に対する答申、物価対策委員会設置、商報同志会設置。
 また移動夜店・移動マーケットの開催、店頭装飾照明競技会、少年職業補導教育講座、珠算大会、納涼会、少年店員慰安会、全国特産品展覧会開催、広告祭り、観光協会の設立、図案部設置、煙花大会開催、成人教育講座、商業相談所設置など商工業の発展に努力を続けていました。


4.戦 後

 戦災、そして昭和23年の福井大地震と福井市は相次いで大きな打撃をうけました。また、経済的にもインフレが猛威をふるい、預金封鎖、新円交換と極めて困難な時代でした。
 こうした中で、商工会議所は民主的な商工業の発展にどう取り組むべきかの世論調査を行う等、社会全体の情勢とともに軍事体制から戦後の民主体制への歩みを始めました。
 インフレに対応した物価値下げ運動の展開、福井震災に対応する火災保険金獲得運動、租税減免運動に取り組みました。
 また、福井復興商工祭の開催、福井夏まつり開催等を通して震災後の福井の再建に努力し、昭和20年代の後半には今日に近い事業活動を積極的に展開しています。


5.高度経済成長時代の動向

〔国際化への対応〕
 福井県の基幹産業である繊維、機械、眼鏡は輸出依存度が高く、日本経済のグローバル化が進む中にあって国際化への対応は本県経済界にとって大きな課題となっています。福井商工会議所では、諸外国との相互理解、親善を深めるため文化交流や人的交流を積極的に展開し、地域の国際化に幅広く取り組んでいます。

▽ 外国商工会議所との提携
・昭和49年ハワイにおいて第一回福井の産業と観光展(ふくいフェア)を開催して以来昭和61年まで毎年開催され、昭和58年には福井市においてハワイフェアを開催。昭和56年8月にはホノルル日本人商工会議所と友好会議所提携が結ばれました。
・昭和58年12月には韓国水原商工会議所と姉妹提携が結ばれました。
 またカリフォルニア州ロスアンゼルスにおいて、ふくいフェアが開催され同州フラトン市との交流を深めています。
・中国浙江省との経済交流については、平成6年7月「福井県・中国浙江省経済交流促進機構」を設立、工業団地造成の可能性を調査するなど、積極的な交流を進めています。
・その他、東南アジアや欧米国などに視察団を派遣、また、在日外国高官を招いての懇談会を活発に行っています。

〔情報化への取り組み〕
 昭和45年に情報処理開発室を設置し、同年コンピュータ学院を開設し早くから情報化の推進に取り組み、50年には大型コンピュータを導入、地元情報関連団体、マスコミと協力し福井OAショーを開催するなど地域の情報化の先導的役割を果たしてきました。
 また会議所データーベースを構築、ネットワーク時代を迎えパソコン通信にいち早く取り組み、パソコン通信とファクシミリ通信をセットしたFCCI−NETを昭和63年に稼働させ、平成8年6月にはインターネットを開始しました。

〔地域、都市開発への取り組み〕
 地域発展を図るためには、高速交通網をはじめとした交通基盤、都市機能等の基盤整備が不可欠です。北陸新幹線の促進、福井空港ジェット化再開、北陸線・新幹線の連続立体交差、二重高架、駅周辺整備問題などに積極的に取り組み21世紀の豊かな県都福井市づくりに全力をあげています。

〔産業発展への取り組み〕
 地域商工業の綜合的な発展を図るため様々な事業を展開しています。
経営・経済に関するセミナー・講演会の開催、教育ビデオの貸出、人材センター設置による人材確保の支援、技術交流会・異業種交流会開催による技術革新・新市場開拓の支援、商業ビジョンの策定、観光開発等に積極的に取り組み産業界の発展に尽くしています。


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